繋がるということ

つい先日iPhoneが壊れまして・・・・

 

パソコンと繋いで音楽を取り込もうとUSBを繋いだら壊れました(-_-)

 

AppleCareと電話で話ながらあれこれ試しているうちにどんどん動かなくなり、結局AppleCareセンターまで持ち込み修理することに

 

その時に感じた事なんじゃけど、まず壊れた直後に感じた事

 

“なんかよく分からない不安でも無くて落ち着かない変な気分”

 

普段スマホを駆使して生活しているわけでもないけどSNS関係、とりわけFacebookやメール、それにInstagramyaやTwitter・・・・
日々意識していないけど、最近の若い子はスマホばっかり見とる・・・・とか言いつつ自分もそういう環境の中で生活してるし・・・・やっぱり毒されとる
そして、二日経ち三日経ち修理に持ち込む間の使えない日々に思ったこと
だんだんと使えないことが特に支障の無いことに少しずつ気がつく
“ええやん無くっても、このままスマホを手放す手もあるなあ・・・・”って
その時に思い出したことがいくつかあって、中学生・高校生の頃のこと、その頃は文通が最盛期の時代(^^;)
高校時代に付き合っていた子は一つ違いの子で、島外の高校へ通っていた自分は連絡方法として手紙しか無かった
学校から帰ったら郵便受けに手紙が入ってないか確認する日々・・・・(^^;)
きっと今の若い子達には想像すら出来ない事かも

 

↑ こんな感じの高校生時代(*^_^*)

まだ初々しかろ? あっそれはどうでもええか

 

しかし、その頃の“繋がる”と今の“繋がる”はどこかちょっと違うような気もするけど、うまく表現出来ない

 

“繋がる”ってことは関係なくて手段の違いだけなんかもしれんけど、“便利”であることには間違いないよね

 

この便利グッズはここ25年位の間あっという間に進化し、世の中もそれに並行してどんどん変わってきたけどそれは又後日(^_^)

 

iPhoneは無事修理が終わり正常に動いておりまする(^o^)